胡桃の庭
待ち人 2
嫁さんは美人を鼻にかけるようなしぐさが妙に似合う
のだが、それは潔癖症の置き換えに過ぎない。潔癖な上
に臆病で強がりで、まさにお嬢様育ちそのものだ。タイ
トスカートが似合うんじゃない、タイトスカートに徹し
ているだけだ。女性的でありたいことと脚への自信と臆
病が決して風に揺れないタイトスカートに集約されてい
る。
そんな嫁に、百貨店の取材に来た嫁に一目惚れした。
彼女も結婚を前提にでないと付き合えないと言う積極的
な対応だった。
若くして結婚してしまったことを表立っては後悔でき
ない。
高浜弘子を美しいと思ったことは一度もない。学校で
はありがちな特徴のない、「弘子」という声がなかった
ら記憶にすら留まらない存在だった。
その時、僕の目に映った弘子は、好きな人のことだけ
を想って佇む健気な美女だった。彼女が変わったのか僕
の美感が変わったのか定かではない。待つという静的な
時間を共に過ごしていることの魔法なのか。待たせてい
る男はこの姿を見てどう思っているのだろう。
男だと確信した。そうさせる彼女の待ち姿だった。立
ったまま落とし気味の目をそのままにして、極ゆっくり
揺らめくような小さな動作。この美しさは待っているの
に苛ついてないことの証だ。僕の様に待たされると分か
っていても苛つくのとはちがう。小刻みな動きや見回す
ような動作が少しでもあれば、苛つきが伝わってしまう、
はかない美しさだ。
僕は嫁がロングヘアを揺すってを苛つくところ何度も
見ている。それが似合わない気品を持っていることがむ
しろ邪魔だ。美人だと思い込んでいる彼女は気付いてい
ない。感情を否定しているのではない。似合ったしぐさ
があるはずだと思えて仕方がない。
結婚すれば普段の相手を目の当たりにすることになる
のは誰でも知っている。その覚悟は意外と後ろ盾がない
ものだと感じている。
美人なんだから文句言うなと友人は言う。その、美人
というものが邪魔なのだろうか、僕は何に一目惚れした
のだったか。嫁から美しさを取ったら何が残るのか。僕
だけが彼女を美人だと思えなくなったら彼女にとっても
不幸なことだ。
きっと嫁は僕の親や周囲から受けている評判を値打ち
に思っているに違いない。僕にだけ価値の合わない値打
ち……。
ただじっとしているだけで美しく見える弘子はどこに
でもいる十人並みの女だったか。あんな感じの人だった
か……いや、記憶とは合っていない。
嫁へ期待した見た目どおりの清楚さをそこに見ている
のだろうか。それにしても器量を超えたものがそこに見
えている。単に恋する女は美しいということだろうか。
々ため息と共にうなだれるが、そのゆっくりとした動
きが美しい。いったい待たせているのは誰なんだ。その
男も弘子なんかどうでもよく、うちの嫁さんみたいなの
に目がないのだろうか。馬鹿な面食い野郎だったら弘子
が哀れだ。やっぱり……僕が変わったのか。
僕の思いをよそに弘子は一べつもなく佇んでいる。彼
女にとって僕もやはりどこにでもいる男なのだろう。
今更、話してみればよかったなどと思ってしまうのだ
が、彼女は僕に気付いてすらいないに違いない。
結局、僕は弘子を残し、嫁の車に乗って去った。
* *
土日を置いて月曜日も僕が来る前に弘子は来ていた。
しかも同じところにじっと立っていた。雨が降りそうで
蒸し暑かったが、彼女はタンクトップに薄手の上着を羽
織っていた。下はAラインスカート。あの白いミニワン
ピースにしてくれなかったのかと、心中、リクエストし
ていたが、胸元が肌蹴ていると色っぽい。そう、二十歳
になったばかりの初々しい色気というような感じすら漂
うさわやかなものだ。ミニワンピースだってなまめかし
いという感じはしなかった。どこか子供っぽい雰囲気が
彼女を清楚にしている。子供っぽさと落ち着きの違和感
が美しさになっているのか。
B
[庭に帰る]