胡桃の庭
『わたしのしんせかい』 1
少女が抱いた日本という新世界はすべてが都会という
勘違いと、自分の中で生み出した自信がもろいものだと
わかるお話。
マッチ、トシチャンとか出てくるところが古さを物語る。
『わたしのしんせかい』
松野胡桃
「お帰り、−−まあまあ、立派なレディになったこと」
私達を迎えたのはお婆あちゃんやおじさん達でした。
私は空港を出ると、タクシー乗場までゆっくり歩きパパ
もママも他の人達も私の歩調に合わせました。
「まあ本当、ちゃんと歩けるじゃないの」
私はヨチヨチとゆっくり歩きました。まだ痛いような気
がします。
「11歳だったかねえ、マリエちゃん」
私は「12」と答えました。
「日本はどう?」
「わかんない。でも、あったかい」
「日本語、大丈夫じゃないの。話せるってことはわかっ
てましたよ。−−これからはここがあなたの国だからね。
カナダの田舎とは違ってなんでもありますよ。あなた、
とてもお勉強がすきなんですって? これからはそんな
日本女性が必要なのよ。大丈夫、いい学校に入れること
になってるからね」
私は10年ぶりに日本へ来ました。
私達はその日、泊まるはずのホテルへ着くと、さっそ
く喫茶室で久々の再会を確かめあ
いました。とは言え、私のような子供は話に入れず、一
人ぼんやりガラス張りから外を眺めていました。そのう
ち、男の子がヴァイオリンケースを持って通るのが見え
ました。10歳程の少年を見て、私は日本て素晴しいと思
いました。日本はとても科学的で合理的で新しいものば
かりある国だと思っていましたから、最も古い歴史のあ
る楽器を新しい日本人が持ってることに、強い印象を受
けました。新しもの好きじゃなく、やっぱりいいもの好
きなんだと思えたのです。私はピアノを弾きますが、本
当はヴァイオリンがとても好きです。楽器屋さんで弾い
てみた日にあきらめましたけど。
ステラというカナダの親友はピアノもヴァイオリンも
弾ける尊敬すべき人で、私達はよく合奏しました。これ
から日本に住む私にとってステラのような友達をつくる
ことができるのか……彼を見てその心配は晴れたような
気がしました。
私はかなり芯の強さに自信を持っていました。長い間
車椅子の生活をしたことが、きっと諦めない事や人の優
しさに感謝の気持ちを持つ事をちゃんと学んでいたと思
っていました。そういう基本的なことがわかってさえい
たら、どんな国でもちゃんとやって行けると思っていま
した。
私達家族3人はその日、ホテルに泊まりました。明日
のクリスマス・イヴは新しい家で迎えられる……私はワ
クワクしていました。ところがパパの仕事がとび入り、
1日遅れることになりました。
次の日、御機嫌斜めの私をおかまいなしにママはあち
こち電話をかけたりして英語の仕事を探しています。私
が足腰を悪くしてからずっとつきっきりだったママもよ
うやく解放されるときが来ました。3年前、私は階段か
ら落ちて立つことすらてきなくなったのでした。
少しずつ回復し、つい最近になってお医者さまは『歩
けるようになる手術』をしてくれました。本当は腰を補
強しただけだったらしく、私はうまくだまされて歩ける
ようになるハメになりました。
「歩けないと思うから歩けない」長い間そういうことだ
ったようです。
私はアリスをスーツケースから助け出すと日本の空気
を吸わせました。アリスは可愛い、たぶんおがくずのつ
まった人形で、私のお気に入り。
A
[庭に帰る]