胡桃の庭
『わたしのしんせかい』 2
アリスは可愛い、たぶんおがくずのつまった人形で、私
のお気に入り。妹が欲しかった私は9歳の時に人形遊び
を始めました。逆にステラは9つでやめたのです……。
私は、でも、カナダの素晴しい友達を全て失って本当に
泣きたいくらいでしたから、ひときわアリスは生きてい
ました。
昼下がり、お婆あちゃんと私の従姉妹に当たる姉妹が
訪れました。3人共東京の人で、この機会に孫同士を合
わせようと、お婆あちゃんが14と12歳の女の子を連れて
来たのです。
これが私の機嫌を損ねました。その日の晩はクリスマ
ス・イヴのお祝いをするつもりらしく、私はこのメンバ
ーには馴染めそうにありません。この姉妹は仲がいいの
か悪いのか……とにかくよく喋り、小さなことで反発し
合い、それぞれ別々に馴々しくします。
姉の方と話すと、妹は不機嫌そうだし、妹が持ってい
るマッチの写真を素敵と言えば、姉はトシチャンという
人の写真を見せて「こっちの方が素敵」と言わせようと
する。2人の話には脈略がなく、無意味に笑いころげて
騒音を発する。やたらとお婆あちゃんにジュースをねだ
るし、私がジュースに手を付けないと――「どうして飲
まないの?」と、妹。
「馬〜鹿、マリエさんはおトイレに行くんだって一苦労
よ」と、姉。この人は私より2つ大人に近い人で、しか
も残念なことに私の親戚です。その時の私を救えたもの
は夢見たとおりの日本を感じることだったはず。
「日本のクリスマス・イヴだってとっても楽しいのよ」
とステラに言った手前、今日のことを楽しく手紙に書け
たら私は日本でも救われる。
それは私の明るい未来の予感でもあるのです。
「ねえ、『さつまいも』は英語でどう言うの?」
「馬鹿、スイートポテトよ! ねえ、マリエちゃん」
この姉は妹に馬鹿と言うのが好きなようです。私はアリ
スに馬鹿と言ったことはありません。私は不愉快を表情
に出さず、それでもわざと『スゥイートゥポレイロウ』
と発音しました。妹の代わりにやりかえしたつもりと、
2人に対するささやかな反抗でした。
私は冒険心と自信にゆさぶられて、ホテルの外にふら
りと出たい思いに駆られました。
そう思ったら、私はいつのまにか合間を見つけて、本
当に出てしまっていました。
一人で外へ出てみる……それは命がけの探険のよう。
買ってもらったばかりのポシェットをさげ、外へ足を踏
み出しました。
身動きできなかったせいか、私の楽しみといえばそう
いった生活専用のものばかりで、気楽さもあって、外へ
出たいとは思わなくなってました。ジェニーに連れられ
……これはうちでメイドをしていた人ですが……車椅子
で散歩に出ると、木登りのうまい女の子が目の前で登っ
て見せ、当てつけに「自由はいい」と言いました。
そんなある日、その子は木登りで手をすりむいたので
す。私はいい気味だと思いました。そして、そう思った
ことが私にはとてもいやでした。私は悪い子になりたく
ないと思ったのか、そんなことがあってから散歩にも出
なくなりました。
B
[庭に帰る]