胡桃の庭
『わたしのしんせかい』 4
横断中は聞こえなかったジングルベルが再び私に襲い
かかり、この小さな騒音に文句もなしに歩いている人達
と私の間にある差を悲しく痛く感じました。
私は冒険にそろそろ飽きてきたものの、この時、これ
から毎日が冒険であることを不安に感じ、一刻も早く慣
れなければならないと考えていました。
パチンコ店の前へ来た時はあのクラッカーのような衝
撃がありました。確かに凄じい騒音のせいもありますが、
「いったいあの人達は真剣に何をしているのだろう?」
という気もしたのです。この音を無視できる人間に驚い
たのです。腰が疲れて思うように駆け離れることができ
ず、なかなか小さくならない騒音を悩ましく聞きながら、
ハッと見ると美しい少女が2人にこやかに擦れ違いまし
た。
私は思わず立ち止まって去年のことを思いました。ク
リスマスイヴ、私は仲好しのステラやエミリーに付き添
われて教会へ行きました。いつもの仲間が顔を揃え、皆
で楽しくお菓子を食べながら歌ったりゲームをしたりオ
ルガンやピアノを弾いたりして……笑顔の絶えない夜を
過ごしました。
ジングルベルに堪えるのが限界になった私は細い路へ
入り込むと、出た通りは目を疑うような殺風景な所でし
た。外はいつの間にか薄暗くなっていて明かりのない通
りはそのことをしっかりと私に教えてくれたのです。
人通りはほとんどなく、徹底的な裏通りでした。
ガタン! その音に私は小さく叫びました。犬がゴミ
バケツを倒したのでした。彼は私の声で御馳走から逃げ
出すことになったようです。
小さく聞こえるジングルベルはそれでも心地悪く、日
本に表通りと裏通りしかないのであれば両方とも好めな
い私は生きてゆけないと真剣に悩みました。どんな国で
もうまくやって行けると思ったのはなぜだったのか思い
出せなくなっていました。
私は日暮れの早さに恐怖しながらも、無造作に置いて
あるぼろぼろのベンチに座らないわけにはゆきません。
ポシェットから出したハンカチを敷いてそこへ掛けます。
今日程、歩けることに喜びを感じなかった日はないと
思いつつ、去年のクリスマスの思い出に浸っていたと思
います。なのに……疲れていたのは私の身体でした。私
は眠りに落ちて夢うつつにガタガタふるえていました。
「君」――ハッと目を覚ますと、それはたぶん若い男
の人で、隣には女の人もいました。私は周りの暗さや、
目の前に日本人がいたことにおどろいてしまい、外で目
を覚ますことに恐怖し、寒さで大きな震えが来て、いた
たまれずに飛び離れました。幸か不幸か彼等は追って来
ませんでした。私は眠ってしまった自分をののしること
で帰り道を失った恐怖を紛らわそうとしました。
かなり寒かったらしく、私の身体は弱っていました。
立ち止まると側の車から2人のたぶん黒ずくめの男の人
が降りて、びっくりしている私をジロッと見ます。私に
はその人達が怖い異星人に見えました。また、慌てて歩
きます。でも、やっぱりすぐに疲れて壁にもたれてしま
います。離れたところで同じような格好ををしている黄
色い派手な服を着た男の人がいます。その人は苦しそう
におう吐して、私は顔をそむけ小道に入り、明るい方へ
進みました。
D
[庭に帰る]