胡桃の庭
「 西の園 」 1
西、とは大阪から見た九州。
筑紫平野に限らず、蓮華畑がたくさんあって
まだ、新幹線が通ってない時代....
庭の壁紙は蓮華...この西の園のイメージです。
「 西の園 」
まつのくるみ
下りの夜行列車、間もなく発車です。お母さんに手を
引かれた男の子はわくわくしながら乗込むと、辺りを見
回しています。お母さんが席まで導くと、男の子は身軽
に跳ねるように席に着きます。男の子は荷物なんて持っ
ていません。よそ行きのポケットから小さな赤い花が二
輪、ちょっとだけのぞいています。
「あまり混んでへんな、お父さんが会社行くのとはちが
う」
「ここは指定やからね」
「シテイ? そうか……」
立っている人は見えません、まだ席がたくさん空いて
います。つり革もありませんし、座席もいつもの電車と
は違うようです。それは皆んな進行方向を向いたリクラ
イニングでした。
列車はゆっくり動き始めます。
「お婆あちゃん元気にしてんかな?」
「もう動くの? お客さん少ないね」
「そやから……」
男の子はさっと通路に出ると、さっさと斜め後ろの窓
際へ行きます。大阪の夜景は久しぶりでした。テレビな
んかで見るより、ずっときれいです。
「かずくん、そこは人が来るかもしれんよ。どうせ、す
ぐ眠るんやろ」
「ぼく、ずっと起きてる」
外に拡る窓明り、光の粒粒をじいっと見ているのはと
ても面白いことでした。男の子は動
くものがとても好きで、小学校へ行く途中にある踏みき
りで足止めをくうのが嬉しいくらいです。
でも、列車に乗ってしまえば、動くのは外の景色です。
男の子は食い入るように注目してい
ました。
長いことおとなしくしているものだから、お母さんは、
大きな、それでいて薄い本から顔
を上げて「かずくん、何を見てんの?」と言います。
「うん……眠くないよ」
駅に止まってもいっこうに混む気配がありません。平日
の夜行列車の指定席だから、とは考えられませんでした。
外の変化のない景色をみていると、少しずつ眠くなって
ゆきます。ずっと眠らないで外を見ていても仕方がない
と思いはじめていました。
「お母さん」
「まだ起きてるの? ここに来、そこは……」
「明日、何時頃着くん?」
「十時過ぎよ。――ここに来て眠ったら? 明日しんど
いよ」
「まだまだ着かんね。もし眠ったら朝早く起こして」
「お母さんは寝てるよ」
男の子は、どうせなら夜より朝の景色がいいと思いま
した。さっそく眠ることにしましたが、どういうわけか
なかなか寝つきません。車輪とレールがぶつかるリズム
が気になるのか、リクライニングに慣れてないからか…
…。
でも、先に眠ったのはお母さんだったかも知れません。
本のページはいつまでたってもめられることはありませ
んでした。
>< ><
「かずくん」
そう聞こえた男の子は目を開くと、そこで眠っていた
ことがわかりました。ぼんやりした頭を上げ、同時に窓
のすぐ外を駅が通り過ぎるのを見ます。
「かずくん」
ハッと見ると、それは薄紅の女の子でした。
「だれ?」
「ああ、良かった、お話ができて」と、空気にサァッと
溶ける、あまりに淡い声です。
「……」――すぐ隣の席、力尽きた様なほの青い肌を空
気の様な薄紅のワンピースが包んでいる……そんなふう
に見えました。
A
[庭に帰る]