胡桃の庭
「 西の園 」 2
「……」――すぐ隣の席、力尽きた様なほの青い肌を
空気の様な薄紅のワンピースが包んでいる……そんなふ
うに見えました。
「あっちは西でしょ?」と、女の子は列車の進む方向を
指差します。
「うん」
「わかるのよ私。――どうしてこの中はこんなに寒いの?
まるで季節が違うみたい。せっかくお話ができると思っ
たのに、眠くなっちゃう」
「さむい?」
「きっと、この速いものは一晩で私を元の所へ戻してく
れるわ。かずくんはどこに行くの?」
「九州、お婆あちゃんの所。――だれ?」
「おどかした?ごめんなさい、せっかく眠ってたのに」
「ひとりだけ?」
「うん」
「……なんで僕の名前……」
「わたし、ずっといっしょに居たのよ、ほら、その花び
らのかげに」と、女の子は男の子のぽけっとからちょっ
とのぞいた赤い小さな花に触れた。
男の子はすっかりおどろいて、やっと、「誰?」と言
えました。
「私は……小さなお花……生きている花から飛出してし
まったの。花にはみんな精霊が住んでるのよ。――でも、
この花、偽物なんだもの。中には入れなかったし、いい
香りもないの」
「これは」と、男の子はそれをポケットから取出します。
「造花なんや、プラスチックの花や。昨日、お母さんと
花瓶を買いに行った時、おまけにもらった」
「私は蓮華草よ、それは似てるけど私の花ではないわ。
でも! 私の住んでた西には、たぁっくさんの蓮華があ
るの。私にはそこでしなければならないことがいっぱい
あるの。あぁ、早く帰って蜜をいただいて、もとどおり、
元気になりたいわ」
「……ふうん……」と、よくわからなくても真剣に聞き
ます。
「それ、もう一つあるでしょ」
「うん」と、男の子はポケットから小花をもう一つ取出
します。
女の子はそれを手に取ってうつろな瞳に映します。
「……何日か前、ずっと西の蓮華畑で私は小さな女の子
に摘まれたわ。その子は私の蓮華達をしっかり持ったま
まだった。
気が付いたら、こんな速いものに乗ってたの。東へ東
へ……すっかり元気のなくなった蓮華を大きな手が女の
子から取り上げると、真っ暗な箱の中に放り込んだ。
蓮華はだめになってしまった。光も水もないの……私は
出て行った」
「どこに?」
「外へよ。……私の蓮華達はみんなしおれてしまったわ。
とても苦しくって……だけど、私ではどうにもならない、
見捨てて来るしかなかったのよ。――でも、驚いたわ、
人がいっぱい、いっぱいいるの。それだけじゃないのよ、
地面はとっても堅い。地面なんかじゃないわね、乾いた
石だわね。――高い高い建物がいっぱいあるでしょ、だ
から一日中、光のあたらない所がたくさんあるわ。……
あんなところでは花達は生きてゆけないわ。
わたし、探して回ったのよ、そこらじゅうをよ!なのに
……見つかるのは、鉢のなかに一人ぼっちで……。花壇
もあった、だけど彼女等は病人のように黙って並んで咲
いてるだけだった」
男の子は何を言っていいのやらわかりません。とても
眠いはずなのに、それをこらえる必要はありませんでし
た。まるで夢みたいだと思うと、なるほど夢なんだとい
うところに落ち着きます。そんなことより、女の子の話
しをもっとわかりたいと思っていました。
「私、とっても苦しかった。風の匂いも嫌なの。水も全
然違うわ」
「何が?」
「水はもっといい香りがするものよ」
B
[庭に帰る]