胡桃の庭
「 西の園 」 3
「……夢なんやね……」
「かずくんも、そのうち……覚めるのね……」
女の子は外を見ると息を吐いて椅子にもたれます。
「夜なのよ、夜は眠るものよ。私、街では寝てばかりい
たの。出て行きたかったけど、身動きできないくらい疲
れてて……私はいつもお花の中に居てあげることで、喜
んだり歌ったり、生きることができるのよ。私は一日に
何度もいろぉんなところで眠ったわ。昼間は眠ってても
体が乾いてしまうみたいに苦しいの」
「その……今も苦しいんやね」
「どうして?」
「……声が死にそうや……」
「わかるのね?でも、今はそうでもないの。夜は昼間ほ
どではないわ。――でも、明日も
帰れなかったら、私はもうだめだった。……」
外には何の明りも見えません。それでも女の子は外を
ながめています。
「夜も、違っていた。夜更けまで偽物の光が雲を明るく
照らしてた。……夜は暗いものよ」
言葉はとてもゆっくりしていました。
「……ほんまにこれで帰れるんやね?」
「帰れなかったら、蓮華のあるところで我慢する。――
本当は、私が生きてられるのはきのうまでだと思ってた。
二日前の夜、お日様の下で、神様に迎えに来てもらおう
と思って高
いビルの頂上でね、星すら見えない空を見詰めながら眠
ったの」
「……そうやなかったんやね」
「夜が明けたら……お日様は雲を払いのけて、きれいな
朝日を私にくださった。私はまだ
立てるし、風に乗ることもできる……そんな勇気が湧い
てきてね、帰らなくちゃ、そう思っ
た。だって、お日様ってどこでもいっしょなの、ずっと
西も東も……思い出したの、私
はあそこでしなくてはならないことが沢山ある――」
「どんなこと?」
女の子は目を閉じていました。
「眠いんやろ?」
「うん……、……蜜の作り方、水や栄養の取り方、お
日様の大切さなんかを教えるの。蜜蜂を呼んで来たり…
…――それにしても、この中は寒い
わ」
「そうかなぁ、冷房がきついんかな?」
「レイボウ? −―花屋さんの花は多くがぬけがらね、
お話できるような妖精はいないし、
居ても、人間に育てられることを当然だと思ってるわ。
花屋さんの隣には花瓶がたくさん並べてあったの。その
中の一つに私の花によく似た花があった。嬉しくなって
飛びついたら偽物だったんだけど」
「ああ、あそこは隣が花屋さんやね。わかった! そん
ときからいっしょやね?」
「かずくんは西へ行く話をしてたわ、それも明日行くっ
て……なんて幸運なのかしら。あのとき、かずくんが天
使に見えた」
「へえぇっ」
列車は静かな夜の田んぼを割ってはしったり、山の斜
面を横切ったり、東雲の海から潮風
を受けたりしつつ、西へ向けて快速に進みました。
朝風が起こる頃にはその長い列車は、深い青色を見せ
始めます。
>< ><
「かずくん」
C
[庭に帰る]