胡桃の庭
「 西の園 」 4最終
「かずくん」
そう聞こえた男の子は目を開くと、そこで眠っていた
ことがわかりました。ぼんやりした頭を上げ、外を見る
と、そこにはどっしりとした緑の山が朝の白い光に包ま
れています。
「かずくん」
ハッと見ると、それは薄紅の女の子でした。
「……」
「本当に良かった、お話ができて」と、空気にサァッと
溶ける、あまりに淡い声です。
すぐ隣の席、朝日に輝く様な白い肌を風で作った様な
蓮華色のワンピースが包んでいる……そんなふうに見え
ました。お母さんの方を見ると、もう起きていて薄い本
を膝の上に開いています。
「もう朝なんやね……」
「この土の匂い、風の匂い……帰って来たのよ、わかる
の。私はここで降りて行くわ、かずくん」
「ここで?」
「――この偽物の花、幸運の印だから、みんなに見せて
もいいかしら……ひとつ、いただくわね? だって二つ
もあるんだもの」
「ええけど……」
「私が話したこと、わすれないでいて、私達のために…
…。もう行かなきゃ……」
「ねぇ、いつか…………そうか、夢やったら、またいつ
かあえるんやね……」
「もう行かなきゃ。もう会えないわ……私はここを離れ
ないわ。――何て寒いの、外はとっても暖かそう」
薄紅の女の子は透明な風になりました。……そんなふ
うに見えました。今更、それは元々、透明だったのだと
も思えました。
>< ><
「かずくん」
耳慣れたお母さんの声で目を覚ました男の子はそこで
眠っていたことがわかりました。ぼんやりした頭を上げ、
外を見ると、そこにはどっしりとした緑の山々が晴れた
朝の光に照らされています。
「かずくん、起こしてくれ言うたやろ、朝やで。そこは
誰も指定してなかったんやね」
お母さんは薄い本を開いていました。
男の子は山に注目しました。すると、さっき見た山が
すぐ後ろにちゃんと見えます。
「よう寝たの?」
「うん」と言ったあと、「夢も見た」と小さく言いまし
た。ぼんやりする頭で、薄紅の女の子のことを静かに思
い出そうとします。
「まぁ、きれい」と、お母さんが外を見ています。
それで、男の子はもう片方の窓に目をやりました。す
ぐに「アッ」と声が出てしまい、駆け寄らずにはいられ
ませんでした。窓の向こう、一面、ずうっと遠くまで、
蓮華草が敷き詰まるように咲いています。そこら中、あ
の子の色です。
「これ、レンゲやね?」
「うん、知らんかったの?」
「知ってた。知ってた」――頭の中に、『……蜜の作り
方……蜜蜂を呼んで来たり……』はっきりと女の子の声
が残っています。
帰ってきたんだ――と思うと、とっても嬉しくなって、
もう手を振らずにはいられませんでした。
――その列車はいつもと同じ時刻に終着駅へたどり着
きました。男の子はお母さんと元気に降りて行きます。
荷物なんて持っていません。
男の子は赤い造花を席に置き忘れましたが、そこに残
っているのは一輪だけでした。
− 西 の 園 −
@
[庭に帰る]