胡桃の庭
脱 皮 1
2002年2月〜5月
『 脱 皮 』
松野 胡桃
プロローグ
御機嫌いかがですか?中山さゆみです。変ですね、これを書き終わるまで
に、お会いすると思いますが、手紙のように書かせてください。
この前お話した法律事務所、落ちてしまいました。弁護士の仕事について
無知だったのがわかりました。まだまだ子供なのだと思いました。法律の勉
強の前に人間の勉強をする必要があるのです。今の私はそれを謙虚に受け止
めて反省できるだけましなのだと思いました。就職浪人はしたくありません
から、商社に内定をいただけたら、そこに決めようと思います。営業マンの
補助活動をするらしいのですが、具体的には何をするのかわかっていません。
だから、イメージとの葛藤に悩むことが予想されますが、本当の目的のため
の勉強になると思っています。貴方が司法試験に受かったら、私もすぐに続
いて受かるつもりなんだから。不可能とは言い訳の言葉だと誰かが言ってま
した。
二十一歳の誕生日を迎えるにあたって、私はちゃんと話してなかったこと
を整理して貴方に打ち明けようと、これを書いています。たぶん、いまだに
残っているだろう私のいやな面も書くことになります。私なりの思春期の一
ページとして冷静に受け入れられる今、恥ずかしい思いは消えかけています。
私の罪の意識が、灰色の雲のように心を暗くしていましたが、すっかり消化
できる気がする今こそ、これを書いて葬り去ろうと思います。
私がどのくらい悪いことをして、どんな迷惑を掛けたのか今でも判然とし
ていません。まったく何の影響も与えていないのかもしれないし、親子喧嘩
の種となり、彼女のお父さんの絶望感につながったという恐ろしい考えもあ
り得ないとは言えません。それは、貴方にも言えることでしょ。私たちは周
りを気にしない自分勝手な行動のせいで、心配を背負うことになってしまっ
た。
ちっぽけな、それでいていつまでも無視できない記憶。
良心というものは厄介なものですね。私はこの6年の間にようやく、ちっ
ぽけな出来事と思えるように整理できたみたいです。それから、貴方ともっ
と親密になるにあたって、貴方の良心についても知りたいと思っています。
6年前-----------
親友の史子共々志望高校に受かり、充実した学生生活を送るはずでした。
私は勉強はしても、見聞は少なかったし、まともな人間を演じようとばかり
していたため、恋愛なんかもまったく頭からはずしていました。そんな私に
神様がちょっとした事件を起こして、ちょっとした転機を与えてくださった
のでした。
私と史子は小学生来の友達だけど、どこかで私は彼女を見下し、寂しさや
鬱憤を晴らすために利用していたのでした。私の家は比較的裕福だったけど、
引き換えに親の熱心な教育を受けずにわがままに育っていました。彼女にお
菓子などを振る舞って近付けておいて、自分の話し相手にしたものです。
もともと話すことが好きでもないし、おしゃべりでもない私が、それでも
ストレス解消にはお喋りしかないと自覚していました。そういう意味では一
人言を言う方だったと思います。でも、やっぱり受け止めてくれる人がほし
かったのでした。史子はその格好な相手でした。なぜなら、彼女は感心しな
がら聞いてくれたし、真っ向から反論することもなかったからです。
私は自分の思ったことや考えていることを誰にも話さないで居られる人だ
と思っていました。私は人の行いが気に障ったときでも、じっと我慢して抗
議しない人でした。親への不満も持っていましたが、親にも抗議していませ
ん。私は間違った考えを持ちたくないあまり、イベントに直面しても、ゆっ
くり論理的に整理する癖がありました。それが、感情的な噴火が全くなくな
った原因です。
最終的には整理された理屈を史子にぶちまけて私が如何に深い考えを持っ
ているかなど顕示したものです。史子は素直に私の期待通りに感心し、共鳴
してくれる気持ちのいい存在でした。普段、口が重い私が、彼女に対しては
ぺらぺら話せるのでした。彼女はいつもそういう私の役に立ってくれていま
した。高校一年のあの頃まで、史子の純朴さ素直さが彼女の魅力を作ってい
ると私は思っていました。私のような普段おとなしい子が考えていることを
聞くことが楽しいに違いないと思っていました。
(2)
[庭に帰る]