胡桃の庭
脱 皮 14
犯罪者の気持ちとはこういうものなのでしょうか。自分の良心に自分がい
じめられる感じ。どんな言い訳も跳ね除けて純粋な立場から私の行いをとが
めます。猫が事故に遭ったとしても、転落しただけで死んでしまったとして
も、もう取り返しはつかないのだから、苦しむのはやめよう。というわけに
はゆきません。良心は誰の意思でもなく、自分の中にあるにもかかわらず、
私を苦しめる。これが罪を重ねないための効果のためだけに神様から遣わさ
れた力なんでしょうか。
史子にも打ち明けられない苦しみと陰湿な行いの事実。こんなはずじゃな
かったのです。もっと由季が悲しむことを望まなくてはならなかったはずで
す。そのための、そう、私の癒しのための行いだったはずでした。
私はそのまま自分の部屋に帰りつくのが嫌で、本当は公園に留まっていた
かったのです。あそこで私は由季への憎しみを確認して、癒しを求めたし、
あそこで辻上君へのメモを書いたし。滑稽で情けない陰湿な私の住処のよう
で、私は自分の部屋に暖かく迎えられるような気がしませんでした。
ああ、由季のお父さんは一番居たい所に居たのかもしれません。後々、つ
くづくそう思うことになりました。
私はすでにどうしようもなく悪化していたのです。私には何が起こったの
かまったくわっていませんでしたが、すでに発病していたのでした。
その日も夕食はジュースしか摂りませんでした。倒れそうになりながらも
食欲はまったくなく、吐いてしまう恐怖が邪魔していました。
家族の心配をよそに、自室に閉じこもると、入浴もせずに眠ってしまおう
とした。寝ているときが一番安心できるような気がして、無理やりベッドに
入った。
自室ではどんな顔をしてもマナーに反しない。だから、安心して苦しめる。
そういう環境が嫌だった。そういう意味で、確かに公園のベンチなら人目が
あるからマナーに沿った行いをしてしまうため、自制が効くというもの。
眠ったり覚めたりしているうちに突然おなかがすいたと思ってキッチンへ
行くと、母がうどんを作ってくれた。
私は本当においしいと思って食べた。おなかいっぱいになる前に食欲がな
くなったと思ったら、唐突に眠くなってすぐさまベッドになだれ込んだ。
それから何時間かして目を覚ますと、めまいがするような気分の悪さが襲
っていた。起き上がる気力がないまま、耐えていても収まらず、午前5時の
時計を睨みながら起き上がった。すると、それは胃のむかつきだった。なん
とかトイレまでたどり着くと、そこで、せっかく胃に入れたものを戻してし
まっていた。
何かがおかしい。と、私は遅ればせながら思い始めた。
病気か?だとすると覚えのある感冒の症状とは違うようだ。そのうち熱で
も出るのか、嫌なことがあったのに、体まで嫌なことに加担するのかとげん
なりした。まだ私には体の中に心が宿っていることをちゃんと認識していな
かった。だから、心と体が連動するなんて思っていなかった。
朝を迎えた。
私はあたりまえのように支度をして、制服を着込んだ。体調のことは誰に
も言わず、あたりまえのように家を出ると、体の重さに驚いた。公園を歩き
ながら病気なのかと悩み始めていた。これほど体が重く、歩くのがつらいこ
とは初めてだ。改めて自分の体重を恨んでいたが、そう思えば歩く気力すら
失せてくる。この調子ではとてもまともに学校に行けないと思った私は、学
校に電話すると、担任に遅れる旨を伝えた。そのときでも、まだちゃんと登
校していつもの生活ができると信じていた。心因性の疾病など理解できてな
かった私は、精神的に参ってもそれに耐えれば、正常で居られると思ってい
た。
公園を突っ切ってバス停に向かう途中、ビルの一階の喫茶店の前でボーっ
と立っていた。そこには暗めの艶のある壁に私がゆがんで映っていた。それ
はやぼったい笑顔なんて出そうもない疲れた女の子だった。
気力すら出ない心の傷を負ったのか。辻上君のことも由季のことも肥って
ることもどうでもいい。そう、猫のこともいまさらどう思っても仕方がない。
と、思ってみた。まだ16歳だ。やっと失恋の味のようなものも味わった。
片思いをあきらめるのとはわけが違う。こういうことが体調の原因になって
しまうものなのだろうか。
(15)
[庭に帰る]