胡桃の庭
脱 皮 7
よく、女から告白するということを聞きますけど、そのときはそんな女性
の気が知れませんでした。そんな軽いものじゃないと思っていたのです。
次の日からの長い長い三日間、私はただ、辻上君しか見えない状態になっ
ていました。目がハート型になってたんでしょうね。勉強も遊びも友達との
会話も覚束ないのでした。恋する女は美しくなるってことはよく分かります。
自分が女性であることを色濃く自覚して自然と磨きを掛けようとします。
私の場合、メモの『はっとする素敵な笑顔』もこわばってしまって、身の
こなしも話し方も別人のようにぎこちなくなっていたと思います。
史子が「体調でも悪いの?」と、本気で心配してくれるくらい変になって
いました。
辻上君と視線が交錯することもしばしばあって、気持ちの昂ぶりはとうに
未体験領域に突入していて、何をするにも高所恐怖症で足がすくむようです。
確かめなきゃ精神がまいってしまうという焦りが強く芽生え始めていました。
日曜日は彼を見ることもできない。彼を見られない辛さと彼に見られない
辛さは部屋に居ては偲ぶしかない。
家にこもっていては気が滅入るので、史子を誘ってパソコンのゲームソフ
トを買いに出た。
史子の家とは1キロ以上離れていても同じ小学校区で、ずっと仲良くして
いる。由季の家は五十メートル余りしか離れていないけど、中学校区も違
う。でも、由季と史子は今、席が前後同士で、お互いに高校に入ってすぐに
できた友達同士だ。私はさばさばとした人が好きだから、由季の女女した感
じがいやで、仲良くなりたいと思っていなかったけど、史子は由季のことを
素敵だと言う。私はさばさばとした性格ではないけど、自分の煮え切らない
面をいやだと思う裏返しが友達の好みに出ている。と言っても史子はさばさ
ばという感じではなく、ほんわか。由季の作られた淑やかさがどうも気に入
らないのに、史子は騙されているとすら思ったくらいだ。
史子はショッピングの道々、由季のことを話し始めた。私は史子のことを
この頃から急速に見直すことになる。
「浮かない顔してたから、ちょっとだけ話を聞いたの。何だか家の中がごた
ごたしているみたいよ。何がどうって言ってくれなかったけどね。−−この
まえ、由季の家に遊びに行ったじゃない」
「そのときはお母さんがまめな人って印象があったわよ。手作りチョコプリ
ン作ってくれたし」と、私は思ったとおり言った。
「チョコプリン作るから、まめだとは言えない。−−トイレの中には近所で
調達した花が生けてあったり、電話カバーは手作りのフリル付。まめまめし
いけど、夕食はどう?病弱なお母さんは毎日のそれができない。由季が殆ど
作ることになる」
「やさしいお母さんだからいいじゃない。うちのお母さんなんかブティック
のことしか頭にないし。節子さんにいろいろ任せてるもの。夕食はたまーに
作ってはメンツ保ってるけど」節子さんとは十年程勤めてくれている家政婦
さんで、私にとっては第2の母。
「さゆみのお母さんは仕事があるんだから。−−おかしいと思ったのは、本
箱の引き戸の縁が真っ白だった」
「変なとこ見てるのね、埃?」
「人形ケースの上にも埃があった。あれのおかげでせっかくの人形が台無し。
絨毯にある猫の毛も普通じゃぁない。そういうことがないなら、まめなお母
さんと言えるけどね」
ホンワカ史子なだけに、こういうときの観察力にはうなってしまう。
「さゆみの家はきれいに整ってたわ。でも、由季の家には問題があると思っ
た。私と同じように由季のお父さんが感じていたら、仲良く暮らせるかしら。
お母さんのすることを勘違いしていると思う。悪いけど、精神年齢錯誤って
感じ」
史子が人のことを悪く言うのは極めて珍しい。問題を感じている史子の言
うことはもっともだと思うしかなかった。史子は続けた−−。
(8)
[庭に帰る]