胡桃の庭
どうして、おとうさん 1
どうして、おとうさん
松野くるみ
私には日記を書く習慣があります。元々、絵が好きだ
った私は小学生の初めての夏休み、絵日記を書く宿題を
せっせとやったものです。でも、文章は苦手だからほん
の1行、きれいな朝顔が咲いていましたとか、可愛い小
犬が庭に入ってきましたとか、短いものばかり。でも、
絵のほうは好きで、ちゃんと描けるまで根気良く描き直
したものです。それをお父さんが誉めてくれると、とて
も嬉しかった。
お父さんは私が嘘を言ったりわがまま言ったりすると
叱ります。でも、恐くないのです。私が朝、起きる頃に
お父さんは仕事に出て行きます。勤め先が少し遠いのと、
遅くまで仕事をしていることが多いため、めったに私が
起きている間に帰って来ませんでした。だから、私はお
父さんとあまり話すことがなかったのです。
たまに叱られてもまるでお話しているような気持ちに
なれたのかもしれません。でも、お父さんに叱られるこ
とはお父さんを嫌な気持ちにさせることだからやめよう
とおもいます。それは本当の反省とは違うのかもしれま
せんね。
元々、宿題だった絵日記はお父さんに誉めてもらうた
めと、お父さんとお話するために毎日、書くようになり
ました。小学2,3,4年とそれはほとんど毎日続いて
ゆきました。そしてお父さんと本当にお話する時間はい
つもありませんでした。
私は絵日記をお父さんの机の上に開いて床に就いてい
ました。お父さんは帰って来ると真っ先にそれを見てく
れるのでした。見た証に、一言えんぴつで言葉が添えて
ありました。
2年生くらいまでは「よくかけました」とか「人の姿
勢がみんな一緒だよ」とか絵の出来栄えについてが多か
ったけど、「今日は疲れたよ」とか「お母さんの誕生日
どうする?」とかお話してくれるようになってゆきまし
た。
絵が好きになっていた私は誉めてもらうと嬉しくても
っといい絵にしようと工夫するようになりました。小学
5年生になった去年あたりからは画面のレイアウトや色
や文章がまとまっているかなんてことも気にし始めまし
た。
4年生のある日、花が描きたくなって近所の公園の椿
がきれいだった記憶から、適当に文章を書いて絵日記に
しました。私は絵を誉めてもらうために悪いとも思わず
にいけないことをしました。その公園は何箇月も前に改
造工事があって、絵に描いた場所に椿はありませんでし
た。私はそれをお父さんの返事を見て気がつきました。
「嘘の絵日記ならどんなにきれいな絵でも見たくない」
と書かれた私は悪いことしたんだと思いました。
A
[庭に帰る]