胡桃の庭
クマの墓 5
一日前、友達がお別れ会を質素ながらも持ってくれた
ので、私は朝からよばれていた。よき友たちは『悪友に
虐められたら助けに行く』とか『車にぶつかるな』とか
『私達のことを忘れたら村八分』など、ろくなことを言
わない。話はなかなか尽きず、最後となると一分でも惜
しむようにみんなで喋りまくった。夏休みのスケッチの
話から、隣町の男子校の話、ミートソースの作り方から
洋服、ボーイフレンドの作り方等、腹一杯会談した。
私が帰ると、弟が一人でぼんやり留守番していた。父
と母はちーちゃんのお見舞いに行ったと言うことだ。私
は長く居られぬ部屋に寝っ転がると、これまでの生活を
しきりに思い出して心のアルバムにくっきりはり詰めて
いった。
「姉ちゃん……クマ、どかんしようかな」弟の、ボソッ
とした、それでも興味深い声だった。私はハッとせずに
は居れなかった。ちーちゃんはクマの母親である!
飛び出してちーちゃんの家へ走っていた。薄く積もっ
た雪を踏みしめてたどり着いた時、そこにはあまりにも
丁度、少女の父親が居た。
彼は自転車を降りて、それを小屋に引いて行く。木の
箱とショベルを荷台から降ろすと、じっと見ている私に
答えるように
「クマがね……」と言った。
私はすぐに目を閉じた。それでも熱い滴は溢れてきた。
「裏ん山に埋めてきた。全然、気いつかんやったよ、ク
マんことは」
「ちーちゃんは知っとうと?」
「いいや、さっき気いついたけんね。−−餌もやっとら
んし、寒かったろうし……何でん智春がめんどう見とっ
たけんね……犬んこととかは全然…みいんな、あん子の
ことで…」
「ちーちゃんのせいじゃなかよ!」
「うむ。智春はまあだ、お母さんのつもりやろね」
ちーちゃんの入院で、クマが寒さと飢えで死んだなんて
あまりにも残酷だ。それをどうあの子に言って聞かせる
か……それでも私がその役割を果たすことになった。家
の人には負目があるらしい。ちーちゃんに責められたら、
ものの言い様がないのだ。しかし、気が進むものではな
い。あの優しい子に、大切にしていた子供が死んでしま
ったなんてとても言えそうになかった。ごはんも掃除も
入浴も母親の少女がして……人を寄せ付けなくしたのも
少女。
勝気なあの子に責任を覆いかぶせるだけでなく、芽生
えたばかりの母性愛を傷つけてしまうと言うことは……
私には少女がどんな気持ちになるかよくわかる。とても
私には言えそうになく、考えた末、弟に頼るしかないと
考えた。
わかるように話してみると、弟はすぐに納得してくれ
て私は救われた。
二人で病院に向かう途中、父達に会った。ちーちゃん
はマンガを読んでいて元気だったらしい。雅巳にクマの
散歩をさせてほしいとのこと。私達はそれを空しく聞い
て先を急いだ。
その病室を目の前にしたとき、雅巳は私の顔を見た。
わたしは厳しくうなづいて見せた。ノックをすると、い
つもの少女の声が帰ってきた。中に入ると、少女は起き
上がっていて小さな本を膝の上に降ろしていた。
「雅君、お母さんに会うたろ?」
「うむ」雅巳はいつもの調子だった。私は安心した。
「クマ、どがんしよう?」
E
[庭に帰る]