胡桃の庭
古作「クマの墓」より盗作。
ロマーナのページ 1
1990-04
作 松野 胡桃
イタリアに美しい小川が何本かはしる所と決して美し
くないボタ山が一緒に在る田舎町がある。ボタ山もこれ
以上大きくなることはなく、田舎町から鉱山関係の職を
捨てて都会へ人々が移り始める頃。
>< ><
「私、お別れにあの小鳥あげる。好きでしょ、あの子。
ーー川って素敵ね、すっかり気に入った」と、絵筆を運
びながらロマーナは言う。
「お別れなんて言わないでよ、あと一月以上あるわ。あ
の鳥はあなたの大切な友達でしょ、いただけないわ」と、
ソフィアはロマーナのキャンパスに見とれながら。
「いいの。月曜日持って行くわ。今のうちに懐いてもら
いたいの。ーーほうら、できた。どう?、やっぱり外で
着色するのが一番よ。こんなに鮮やかなんですもの、久
ぶりに自己満足できるわ。こんないい所があったなんて
……ありがとう教えてくれて」
ロマーナは絵を高らかにあげ、見つめる。
「ロマーナはいいわ。この風景をまるごと胸にしまいこ
むことができるんだもの」
「ソフィア、詩を書くんじゃなかったの?」
「あなたの絵に圧倒されちゃってペンが動かないの。…
…アーア、私にも素質はあると思うのに」
小川の川原には木が生い茂っているものだが、そこは
嘘の様に芝生のような草だけの一画だった。
「へえっ、すごいんだね君」と、背後からの声。
二人が振り返ると、車椅子の少年と、それを押してい
る若い女がいる。少年はその人に「止めて」というと、
「ねえ、その絵をもっとよく見せてよ」と、手を差し伸
べる。
ロマーナは突然の声に驚きつつそれを差し出す。
「できたばかりなの。絵ノ具がつくわ」
「ショックだな……何てきれいなんだ、僕なんかよりず
っとうまいじゃないか。ねえ、マレッタ」
「はぁ……」
「君、この近くのひと?」
「……ええ」
「そう!、僕、ブルーノ=デロッシイ。近くに君みたい
なのがいたなんて……」
「あっ、わたし、ロマーナ……フレーニ……」
「ぼく、この先に住んでるんだけど、もしよかったら…
…実は僕も絵が好きなんだけど……だから、よかったら
絵を教えてくれないかな」
「?!……私が?」
「だめ?・・ショックなんだ、そんなに描けるなんて」
「坊っちやま」とマレッタと呼ばれた女性が口を挟む。
「これ以上、絵を描く暇はありませんよ」
「月曜と金曜の午後だったらあいてるだろ?。水曜だっ
てイタリア史を週一回にすれば」
「とんでもない」
「ーーねえ、ロマーナ、月曜と金曜、来てほしい。何よ
りも絵の勉強がしたいんだ。ーーうちを教えるよ。この
上の道を上流のほうに行って」
「私が知ってます」と、ソフィア。「月曜日、私がロマ
ーナを案内する」
「ありがとう、そうしてくれ。まってるからね、ロマー
ナ」
実のところ、ロマーナには興味ある話だった。美術の
教育者になることは将来の望みであった。これは早い実
現だ。
>< ><
A
[庭に帰る]