胡桃の庭
ロマーナのページ 2
>< ><
「はっきりしたの、六月二八日。その日が来たらお別れ
ね」ーーロマーナとのいつもの帰り道、ソフィアが言っ
た。「……それでミラノに?」と、ロマーナ。
「予定どうりね。あの街はこれからも伸びるもの」
「輸入石炭て、そんなにいいものなのかしら……」
「だってイギリスの石炭が安いんだもの。こんな小さな
鉱山、もろいものね。売れなきゃ商売かえるしかないわ。
私、高校、行けるのかなぁ」
「ずっとまえから、うちの農園でソフィアの御両親を雇
うように言ってるんだけど……だめだったの。ここは果
物には適してなくて……うちも経営難」
「いいのよもう。ーーほら、その大きな家がブルーノの。
じゃあ、しっかりね」と、ソフィアはにっこりして去っ
てゆく。
小さく溜息をもらし、冷静に呼び鈴をならすロマーナ。
と、マレッタとよばれていた女性が現われた。彼女は余
計な者が来たと言いそうな顔で、少女を中に入れブルー
ノの部屋をおしえると、姿を隠した。
その部屋をノックしようとしたとき、ブルーノの声が
「開いてるよ、入って」と言った。扉を開けるとすぐそ
こに彼は居た。
「やっぱり来てくれたね。あのマレッタは簡単に来ない
って言うんだ」ーー車をさわって奥へ移動。
「君は十六なんだってね、だったら一つしか違わないよ。
もっと歳上かと思った。ハァー、でも、やっぱりショッ
クだ。ーーマレッタはロマーナのこと少しは知ってたみ
たいだ、写生するってことも。あのひとは僕にこれ以上、
絵に興味をもってほしくないんだ。車椅子で散歩すると
きは、だからロマーナのいない所をまわった。ここに来
て二年だけど、こんな田舎で今更、初めて会うなんて…
…ーーなにしてるの?さあこっちへ入って来てよ」
広くはなかったが、整頓が行き届いている。中央には
円卓があり、スケッチブックがのっている。
「さあ、席に着いて。それを開いて見てほしい」
ロマーナはぎこちなく椅子に掛けると大きな表紙をめ
くった。それをよく見ると、ブルーノと見比べる。
「昨日は余り眠ってないんだ」
「これを昨日描いたの?」と、パラパラとめくる。
「うん。全部で七枚」
「……これは……」
「くやしいけど君の方がずっとうまいよ。だから……ね
え、どうすればいいか教えてほしい。どう悪い?」
「ええ……これは……私にはわからない。……あの……
ごめんなさい」
「え?、下手なら下手って言ってよ。……まだまだ、こ
れからなんだ」
「でも、まるで漫画じゃない」
「確かにそのとうりだ。漫画なんだよそれは」
>< ><
「とりあえず、もっとていねいにって言っておいたわ」
ーーロマーナはいつもの帰り道、ソフィアに言った。
「そんなに下手なの?」
「そうじゃないの。漫画の見方をすると、うまく描いて
るんじゃないかしら?。こう言ったら悪いけどレベルが
ちがう」
「あら、本当に悪いわ、そんな言い方」
「でも、あの人、無邪気なところがあるのね。なんだか
ずっと前から友達だったような、そんな気になる。私の
こと、三っつも上だと思ってたって。ブルーノは十七よ」
「そうなの………」
「でも、何だって話してくれるあなたがどうして今まで
一言も言わなかったの?近所に車椅子の人がいるなんて
聞いたことないわ」
「そうだった?」
ソフィアはロマーナのうちに寄った。月曜日もらいそ
こねた小鳥をもらうためだった。
「ロッテなんて、まるでドイツ娘ね。一羽目のジュリー
は国籍不明だけど」
「花壇の脇に眠ってる先代のことはもう言わないで。そ
れに、スイス娘のつもりよ。名前は変えないでよソフィ
ア、この小鳥はあなたにもロッテって呼んでほしいの」
「もちろんよ。でも、本当にもらっていいの?、あなた、
卵のときから育てたんでしょ?。大切な友達をもらって
いいのかしら」
「あなたにだから、あげるのよ」
B
[庭に帰る]