胡桃の庭
ロマーナのページ 4
>< ><
「改めて感心したわ。私の日記にロマーナって何回出て
来ると思う?。どのページにも書いてある。−−それに
しても、おいしいわ、このお茶。ここに来るひとつの楽
しみよ。ポットに残りがあるならもっといただきたいわ」
と、ソフィアは美しいティーカップに見とれる。
「うれしいわ、私のことってどんなことが書いてあるの
かな……」と、ロマーナはソフィアのカップにお茶をそ
そぐ。指先にガーゼが小さくあてられてるのに今更、気
が付いた。
「あら?」
「ちょっと切ったのよ。小さな彫刻刀で」
「絵だけでいいじゃないの。版画もするの?お兄さんが
得意なのは知ってるけど。−−で、港の絵をみて?……」
「ええ、次々に描いて見せるの。街や田舎や海や川。す
らすら描くの」
「でも、あなたにも描けるわ。ブルーノより上手にね」
「ちがうのよソフィア。思いつきがとっても早くてしっ
かりしてるの。そう、土星も描いたのよ、サターンよ。
……私、すっかり驚いちゃった。山って言ったら十五分
のうちに九種類の山をさっと描ちやうの。火山や丸いの
や連なってるのや。私にはとてもあんなふうには描けな
いわ」
「へえぇっ、想像力ね」
「あなたも一緒に居たらきっと驚くわ、とっても鮮やか
なの。不思議だわ」
「いえ、その答えは簡単よ。ブルーノはめったに外へ出
ないんだもの。外のことについてはいろいろ想像すると
思うわ」
「そうよね、それはそうよ」
「ロッテってとても可愛いわね。時々、腕の上を歩き回
わって勉強の邪魔するけど」
「そんなに懐いたの?」
「あら、最初の日から仲よしよ。でも鳥があんなに可愛
いとは知らなかった」
「でしょ?。−−でも、あの港が想像だなんて……」
「あ、ねえ、マロータ達を誘って浜辺へ行きましょうよ」
「ま、今から?。ブルーノのこときくんじゃないの?」
「もういいの。−−ねえ」
「ねえソフィア、ここは海から百キロも離れてるわ」
「そう?」
「あそこで何するの?」
「お話しするだけじゃないの。ローマ神話は飽きたわね。
でも、浜辺はスイスにも中国にもなるわ。私、あのお話、
面白いとおもうのよ」
「ジャックとロザリーは駆け落ちして中国に行く。中国
式の結婚式をあげる。まだいろいろあったわ。結局、あ
の二人はどうなるって言うの?。……そうそう、ナナっ
て娘と三角関係になって、ジャックはナナとも結婚して
しまうんだった」
「ロマーナ……」
「ごめんなさい。……あそこは浜辺なんかじゃないのよ。
そして……そういう話しをやめましょうってこと……。
ねえ、鉱山関係のひとは大変なときなんでしょ、私達は
おとなにならないといけないわ」−−うつ向きつつソフ
ィアを見る。
ソフィアはびっくりしたような顔してうつむいてしま
う。
「ソフィア、このまえから話そうと思ってたの。もっと
現実的な、何て言うか、将来のこととか話さないといけ
ないのよ。−−ごめんなさい、ね、ごめんなさい。−−
最近感じるんだけど、私の絵、少しずつおとなになって
るって……。あなたとはもっといい話しをしてゆきたい
の。わかって」
「私、帰るわ」と、立ち上がるソフィア。
「ねえソフィア、明日はもう、怒ってないわね?。そん
な顔で帰らないで。……許してねソフィア」
「勘違いしないで、ちょっとショックなだけ。ロマーナ
は一番の友達よ。さよなら」
ソフィアは帰り道ずっと下を向いていた。ロマーナと
共に物語りの世界をさまようことができなくなると思う
と、確かに悲しくなって来る。何だか置いてきぼりを食
ったような寂しさに襲われていた。しかし、ロマーナの
言ったことはもっともなことだった。そこで、彼女のこ
とを支持しようと考えた。あえて別れる前に言うべきこ
とを言ってくれたのだ。すでに世の中の事、将来の事に
ついて無関心ではいられない年頃であるという自覚とと
もに、不思議な力さえ湧いてきた。ソフィアはそういう
ロマーナを高く評価すべきだと思った。
D
[庭に帰る]