胡桃の庭
ロマーナのページ 9
「ええ。……−−ブルーノは連絡のしようがなかったん
だわ。何度も会っておきながら住所も何も知らないんだ
もの。−−一週間以上も行かなかったから、心配したで
しょうね。−−ソフィアってブルーノのこと、よく知っ
てたのね」
「ごめんね。……いつかあなたが言ったように、秘密に
してたみたい。−−今日はそれだけ。こっちも引っ越し
で忙しいけど、必ず来るわ。早く退院してよね、ロマー
ナ」
「退院、明日よ」
「よかった。そうよね、そんなに元気なんだもの」−−
ソフィアは病室の扉に手をかけ、ふり向く。「明日も来
るからね」
「ね、ソフィア、街に行っても、私、ずっと好きだから
ね」
「!……ロマーナ……」ソフィアはロマーナに駆け寄る
と、大きなポケットから例の万年筆を取り出した。
「忘れるとこだった。これね、ロマーナにって、小物入
れの上にあったわ。お別れのプレゼントのつもりよ決っ
と。まだ新しいでしょ。とりあえずこんなものでも記念
に残ると思ったのね」
「これは……アハッ、これを?」と、手にとると”Br
uno”を指でなぞった。小さな時間が静かに過ぎた。
と、ロマーナは指で涙を払った。
「ロマーナ?」
「行っちゃうのね、ソフィアも」
「何よ、言わないでよそんなこと。……じゃあ、帰るわ。
自分の荷物整理したり……」−−ところが、ソフィアは
出てゆくことができない。−−「ロマーナ」と、ソフィ
アもハンカチを出した。「私、だまってられなくて……
おばあちゃんはね、あの篭に最後にさわったあなたがロ
ッテを逃がしたかもしれないけど、どうしてあの日、言
ってくれなかったのかなって言うの。それで、餌受けを
見たら……」
「あら、私、ロッテを追い駆けて行っちゃったから……」
「私が予定どうり帰ってたとしても、餌、間に合わなか
ったはず。……。胸騒ぎがしたのよ、ロマーナ。私ね、
今日、あなたの家の近くを歩き回ったの。私!見たの!。
フレーニ農園の南、ロマーナの花壇のすぐ側に……」
「!ソフィア……」と、ロマーナはうつ向く。
「ジュリーの小さなお墓のとなりにもうひとつお墓があ
った……。ロマーナはあの寒い雨の日、ロッテのお墓を
作ってたんじゃないの?。……風邪引いてたのに」−−
ソフィアは床に手をつくと、シクシク泣き始めた。
「私が勝手にしてしまったこと。泣かないでよ……ロッ
テは帰らないから、私、贈り物、別なのを思いついたの。
本当は明日にしようと思ってたけど」と、ロマーナはベ
ッドから降りる。
「私のうちであなたが使ってたお客様用のカップ、あげ
るわね。お気にいりでしょ、だからロッテのことは忘れ
て」
ロマーナはすでに箱に詰めてラッピングしてあるそれ
をベッドの下から取り出した。
ソフィアはそれを受け取りながらありがとうも言えな
いくらい反省の念に駆られていた。
「友達の顔して貴方にいっぱい優しくしてもらってたに
違いないわね。あっちへ行ってもロマーナのような人が
見つかればいいと思ったけど、甘えよね。私が誰かのロ
マーナになってあげなきゃね」
>< ><
ロマーナは目覚めた。窓の外はほの赤く、起き上がっ
て見ると夕暮れだった。
「なんだ、起きたのか」と、彼はタオルを台にのせ、そ
こに紙袋を乗せて開いた。「おやつ、だいぶ遅いが、要
るだろ?」
「うん。お兄さん、いつから居たの?」
「たった今さ。シュークリームいってみるか?」
「うん」
「さて、水筒のうすいコーヒー、熱いやつ大丈夫だろう
な」
「うん」
「そこの木の万年筆 ”Bruno”ってやつにプレゼ
ントしたんじゃなかったのか?。せっかく、俺が妹のた
めに丁寧に彫ったのに」
「うん。……彼が置いてった、私へのプレゼントだって、
ソフィアがね、持ってきてくれたの」
兄貴は少し考えると、微笑んで言った。「夕食前だか
らひとつだけにしとこう。……そうか。いいやつだな、
あの子」
―― ロマーナ の ページ ――
@
[庭に帰る]